
| セグロカモメ 標識へのなが〜い道程 |
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(NUE 10号_15 創立20周年記念号) TOP 大阪事務所 熊代直生 |
著者プロフィール
1969年大阪府生まれ。和歌山大学大学院教育学研究科卒業。1995年入社、大阪事務所勤務。主に鳥類調査を担当する。鳥類標識調査協力調査員。 |
NUE No.8では、九州からズグロカモメの捕獲大作戦が紹介されましたが、大阪ではいま、セグロカモメを標識するための作戦が展開中です。ここではその背景となっているセグロカモメの分類の変遷、そして標識することで何がわかるのかをご紹介したいと思います。
セグロカモメとは?
セグロカモメの仲間は全長約60cm、翼を広げると1.5mにもなる、カラスよりも大きな大型のカモメ類で、北半球のきわめて広い範囲で繁殖しています(図−1参照)。その生態的位置は『海の掃除屋』と呼ぶにふさわしい悪食で、漁港に捨てられた魚や埋立地の生ゴミなどを餌として、その繁殖分布が拡大していることが世界各国で報じられています。分布が局地的で絶滅の恐れがあるズグロカモメとは、この点まったく対照的なグループといえるでしょう。 |

さて、従来セグロカモメLarus argentatus は繁殖地によって上面の色、足の色などに変異が見られ、いくつもの亜種に区分されていました(図−1)。近年、それぞれの亜種が繁殖分布を拡大するにつれて、隣の亜種と繁殖地が重なる状況が生じています。もし本当にこれらが同じ種類の別亜種であるなら、容易に『ハーフ』ができてしまう状況なのですが、これらの間には交雑がほとんど認められていません。このことから、これまで亜種とされてきたセグロカモメの各グループは、種に格上げされるようになりました。すなわち、かつての『セグロカモメ』を複数の種として区分するのが、現在では一般的となっています。
「セグロカモメ」の変遷
バードウォッチングを始めたばかりの人にとってセグロカモメといえば、まず近縁のオオセグロカモメとの識別が壁になります。日本を代表する某図鑑でさえ『セグロカモメとオオセグロカモメの若鳥は、野外では識別できない』と書かれているものがあるほどです。さらに、一昔前にはニシセグロカモメが日本の鳥の図鑑に掲載されるようになりました。第3の種の登場には、正直なところ"勘弁してくれ!"と思ったものです。しかしニシセグロカモメは、めったに日本には渡来しないだろうし、何よりその成鳥は足が黄色いという大変わかりやすい特徴を持っているのが救いでした。ところが今度は、そんな縁遠いはずの『足の黄色いセグロカモメ』が、実は日本の各所で頻繁に観察されていることが、次第に明らかになってきたのです。
最新の図鑑では、ニシセグロカモメの名は見かけなくなりました。代わって、『ホイグリンカモメ』や『キアシセグロカモメ』などという、ますます見慣れない名前のカモメが掲載されています。これら見慣れない名前のカモメこそ、これまで亜種とされていたグループが、種に格上げされたものなのです。
『ホイグリンカモメ』は、かつての『ニシセグロカモメ』Larus fuscus のいくつかの亜種のうち、分布域の東方、ロシアのタイミル半島付近で繁殖する2つの亜種L.f.heuglini およびL.f.taimyrensis を、独立種L.heuglini とし整理したものです。なお、後者のtaimyrensis はL.heuglini の亜種として認められており、日本に渡来しているのは主にこの亜種と考えられています。一方『キアシセグロカモメ』は、かつての『セグロカモメ』の地中海や中央アジアの内陸の湖を拠点に繁殖する数亜種をまとめて独立種L.cachinnans としたものです。さらにこれらを数種に細分化する考えもありますが、ここではL.cachinnans 1種として扱います。日本に渡来しているものは、主にこの種の最も東の亜種L.c.mongolicus と考えられています。
ちなみに日本に普通に見られるいわゆる『セグロカモメ』は、一般にセグロカモメL.argentatus の亜種vegae とされています。ところが種を細分化する考えに従うと、L.vegae に与えられるため、これまで『セグロカモメ』と呼んでいたL.argentatus には、別の和名を与える必要が生じます。その結果新しい図鑑には、『ウスセグロカモメ』という名前まで登場して、ますますわけがわからなくなってきました。
「足の黄色いセグロカモメ」の正体
現在、日本に渡来するとされる『足の黄色いセグロカモメ』は、前述のホイグリンカモメやキアシセグロカモメを主に指します。しかし実際には、まだかなり慎重な検討を要するところです。
例えば、名が体を表しているかのようなキアシセグロカモメですが、日本に渡来する亜種L.c.mongolicus の繁殖地バイカル湖では、足の色に黄色からピンク色までの様々な変異が報告され、また足の黄色は非繁殖期には不鮮明になると考えられています(Kennerleyら,1995)。逆に、いわゆる普通のセグロカモメL.a.vegae の中の個体変異として、足の黄色いものがいる可能性もあながち否定はできません。シベリアの東端で繁殖するvegae
の情報は、決して多くはないのです。こうしたことから足の色だけでそれらを識別するのはまだかなり危険なのです。
では、いったいどこが違うのか?現在のところ、「顔つき」や「体形」、体上面の灰色や頭部の縦斑など、様々な特徴を総合して判断するしかないようです。
大阪にもいた「足の黄色いセグロカモメ」
さて、大阪が日本に誇るものはあまたありますが、日本で2番目の水の汚さを誇る!?大和川河口付近の中州は、意外にもたくさんのカモメ類が集合する場所として有名です。冬には3000羽にもなるユリカモメをはじめカモメ、セグロカモメなど、あわせて4000羽にも及ぶ大集団が形成されます。この群れの中には多い時で数百羽のセグロカモメが含まれ、さらにその中に、最近話題の『足の黄色いセグロカモメ』も少なからず見られることが、日本野鳥の会大阪支部の方々によって確認されていました。
以前から大阪の片隅で細々と環境省の鳥類標識調査(バンディング)を続けていた私は、大和川のカモメ類の群れを見て「捕れるかも」という期待を持っていたのですが、きっかけがなく踏み込めずにいました。そこに舞い込んだ『足の黄色いセグロカモメ』の話題。以前から大和川でカモメ類の観察を続けてこられた日本野鳥の会大阪支部の大西敏一氏と話をする機会があって、その場でセグロカモメ・バンディングの計画を打ち出したのでした。
標識調査でわかること
環境省が実施しているバンディングは、鳥類の渡りルートや繁殖地、越冬地を解明するために行なわれています。セグロカモメ類は日本では繁殖していませんが、他国ではこれまでにいくつかの繁殖地において、ヒナへの標識調査が行なわれています。1994年のHONGKONG
Birds Reportによると、北極海沿岸のタイミル半島で標識された幼鳥(亜種については不明)が、ヤクーツクおよびサハリンで1個体ずつ回収されています。また、バイカル湖で標識されたキアシセグロカモメはウラジオストックや渤海沿岸で回収されており、いずれも南東方向への移動を示している点で共通しています(図−1)。日本はというと、ちょうどこれら移動方向の延長線上に位置します。繁殖地までの距離は一見遠そうですが、日本に渡来する可能性は決して少なくはないはずです。このように、渡り鳥の繁殖地と越冬地を結ぶ経路(フライウェイ)の実態を把握することで、渡り鳥の渡来の可能性も検討することができます。
なお2000年の夏には、韓国のkim hyun-tae氏のホームページ『Pintail's Birds in korea』で、韓国沿岸の島嶼におけるキアシセグロカモメの繁殖が報じられました。この繁殖地から南東へ向かうとすぐに日本です。キアシセグロカモメの渡来が、今後ますます増えることも大いに考えられます。
一方、標識調査には捕獲を伴います。捕獲の際には、体各部の実測値など普段には得られない様々な情報を得ることができます。 |

図−2 セグロカモメ類各亜種の測定値の比較(The Birds of Western Parearctic Vol.IIIに掲載の測定値による) Wing(翼長)、Tail(尾長)、Tarsus(ふしょ長)、Bill(嘴峰長)、Toe(中趾長)の5箇所の測定値を、それぞれの平均値でそろえて表示した。種の分類は上記文献に従い、各グループはセグロカモメ Larus argentatus またはニシセグロカモメ L.fuscus いずれかの亜種としたが、種名の囲いで図−1との対応を示した。なお、L.a.vegae については(財)山階鳥類研究所所蔵の標本を熊代が測定したものである。
種をもっとも細分化する分類においても同種とされる L.f.taimyrensis と L.f.heuglini では、各測定値の分布の形状が類似している。 |
| それでは、セグロカモメの各亜種は測定値の面でどのような特徴があるのでしょうか。『Birds ofWestern Parearctic 』という図鑑には、ヨーロッパで繁殖するセグロカモメ類の各亜種の測定値が掲載されています。測定部位として、Wing(翼長)、Tail(尾長)、Bill(嘴長)、Tar.(ふ蹠長)、Toe(中趾長)の5項目が取り上げられています。しかし数字だけではピンと来ないので、これらの示す傾向を図−2のようなグラフにしてみました。このグラフは測定項目を横に並べ、平均値を中心にそろえて作成したものです。5つの測定項目が織り成す形状は、雌雄間では大きさの差こそあるもののほぼ同形であり、一方で亜種間では異なるパターンを示すことがわかると思います。また右下には財団法人山階鳥類研究所所蔵の標本のうち、日本で最も普通に見られるL.a.vegae の成鳥及び3年目若鳥の11個体を、筆者が測定して掲載しました。他の亜種のいずれとも異なるのは、果たしてvegaeの特徴といえるでしょうか?これは、この標本だけではわかりませんが、検討してみたい課題です。 |
標識調査の新しい可能性
今回計画しているセグロカモメ・バンディングの一番大きな柱は、カラーフラッグの装着です。通常のバンディングでは金属製のリングを装着するのですが、これに加えてプラスチックの旗つき色足輪(フラッグ)を装着する申請をしています。フラッグには数字などを刻印し、捕獲しなくても個体識別ができるようにします。こうして、秋から春へ、あるいは幼鳥から成鳥までの羽衣の変化を追跡するのです。その追跡を買って出てくれるのが大阪の"バーダー"の方々です。
近年日本にも定着した感のある"バーディング"。より高度な野鳥観察を追求するバーダーのレベルは、一昔前の"バードウォッチング"時代と比べて、すばらしく向上しています。彼らは、高性能の望遠鏡や望遠レンズ、デジカメ等を駆使して、羽毛の1枚1枚の形状や模様など、きわめて詳細な検討を行うのです。このような検討はかつて、鳥を手にとって観察できるバンディングの独壇場だったのですが、現在では全国を巡ってたくさんの鳥を観察できるバーダー達の方が、こうした情報について詳しい場合も多いのです。
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左足がユリカモメの標識調査で用いられる
カラーリング 右足が環境省の金属リング |
しかし、それでもバーディングだけでは決定的に得られない情報が、個体の同一性です。すなわち、昨日見た鳥と今日見た鳥が、同じ個体なのかどうか。羽毛の欠損や部分白化などの特徴は参考にはなりますが、自然状態で生じたものである限り、同様の特徴を持つ個体が複数いる可能性を完全には否定できません。人為的な標識を施すことによって、個体の同一性は確実に保証されます。すると、換羽によって幼鳥羽から成鳥の羽衣になっていく過程や、一夏を経て戻ってきた個体の羽色の変化なども記録することができます。とくに、セグロカモメは成鳥の羽衣になるまで4年かかる種です。亜種によっては幼鳥か亜成鳥の羽衣に特徴があるため、羽衣の経年変化を把握することは非常に重要なポイントなのです。
"個体識別を踏まえたバーディング"。かつての博物学における標本の詳細な記述以上の、時間軸を踏まえた形態の記述が可能になるはずです、うまくいけば・・・。
いざ、捕獲!・・・?
しかし、当然の事ながら、標識調査をするためには捕獲をしなくてはなりません。
セグロカモメにおいても、ズグロカモメ同様ロケットネットが大変有効と思われます。しかし、ロケットに使用する火薬などの管理が一騒動なのだそうで、今回の捕獲には無双網を用いました。無双網とは、地面に寝かせた網の付近に餌付けなどで鳥を寄せ、遠隔地からワイヤーで網を引き起こして、これを捕らえるものです。
無双網は網のまわりに鳥を寄せる一工夫が必要です。ではセグロカモメを寄せるにはどうすればよいでしょう?初年度は外国での例を参考に、魚のアラを用いることにしました。捕獲の実行に先立って、魚のアラを詰めたかごを、カモメ類のいない深夜の大和川に設置するという、実にオドロオドロしい作業を約1ヶ月続けることで、セグロカモメが1羽また1羽と、このアラかごに集まって来るようになりました。しかし、セグロカモメはパン屑に大挙して集まるユリカモメとは違い、強い個体が他の個体を追い払ってしまったり、アラをつまみ出しては遠くに運んで食べるなど、決して群れることはありませんでした。この時点で、計画の半分が崩れ落ちたようなものです。 |
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無双網によるユリカモメの捕獲。今年の調査は並行してユリカモメの標識も行っている |
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それでも、少数でも捕れればというわずかな希望で、捕獲に臨みました。
しかし、やはり自然は厳しい。社会も厳しい。増水にあって道具がゴミまみれになったり、誰かにワイヤーをちぎられて50m以上も盗まれたり、ハヤブサが飛来して群れをすべて散らしてしまったり、いい感じで集まり始めた群れの中に人が入ってきて飛ばせてしまったり。要するに、初年度は1羽も捕まえることができなかったのです・・・。
そして今年。再び捕獲にチャレンジすることになりました。この文章の大半を占めるたいそうな御託は、はたして実現するのでしょうか。(つづく?) |
用文献
YESOU.P.1991. The sympatric breeding of Larus fuscus,L.cachinnans
and L.argentatus
in western France.IBIS 135.
Kennerley,P.R.,Hoogendoorn,W.and Chalmers,G.J.(ed).1995.Identification
and systematics
of large white-headed gulls in Hong Kong.Hong Kong bird Report
1994.
氏原巨雄・氏原道昭.2000.カモメ識別ハンドブック.文一総合出版.
Cramp,S.and Simmons,K.E.L(eds.).1983. The Birds of the Western
Palaearctic.Vol.3.
Oxford University Press. |

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