ヒマラヤの満月と十二進法
(NUE 11号_1)   TOP                   追手門学院大学教授 西川善朗


著者プロフィール

 1940年大阪府生まれ。大阪府立大学農学研究科卒業。追手門学院大学人間学部教授。地表性クモ類の分類を専門とし、洞窟動物などに詳しい。大阪市立自然史博物館友の会会長として、自然学習などの分野でも活躍。

ヒマラヤの満月
 1981年の秋、国立科学博物館の上野俊一先生を隊長とする、2ヶ月間のネパール王国ヒマラヤ地域での生物調査に参加させていただいた。標高2,000から4,100メートル付近の山を越え谷を渡り、採集をしながら毎日歩きに歩いた。

 日中は全員、捕虫網による採集のほか、上野隊長と私は落ち葉層をザルで振るったり、石おこしなどによる甲虫やクモの採集を行った。そして夜には、隊員のA氏、S氏、T氏、O氏らは、テント横で白布を張って発電機で蛍光灯をつけての灯火採集もしていた。だから夜は、標本整理とそのあい間に灯火採集の周りに集まって、シェルパが入れてくれた温かいミルクティーを飲みながら、採集品の話、行程のこと、ヤマビルのこと、キジウチのことなど、話題にこと欠かないティータイムであった。時には満天の星を眺めながら・・・。

 隊員一人ひとりについていたシェルパのうち、二人は大変よく採集を手伝ってくれたが、ある日、急に手伝わなくなった。あとで彼の待っているところへ行くと、「シェルパ ノー キル,トゥディ フルムーン」(今日は満月の日、シェルパ 殺生しない!)と言う。彼らの生活のなかで、満月の日は重要な日であることを思い知らされた。

 ある日の灯火採集の時、「次の満月はいつか」と月齢の話をしていると、横にいたシェルパの一人が、指折り数えて次の満月の日の計算をしている。よく見ると、親指の先をほかの指の腹にひと節ずつ順にふれて、なにかモグモグ言いながら日を数えている。そして、「次は〇曜日の〇日が満月だ」と言う。私はその時、「地域によって色々な暦の数え方があるんやなあ。曜日も指で数えたんやろか。」と感心して見ていた。私たちも時々やる方法だが。

数の記録
 ところで、私は山道を歩きながら好い採集地点を発見した時は、地図上のプロットと標高を確認する必要があるので、地形図と高度計で確認をするが、不安な時はそこから確認がとれる所まで、歩いて何歩あるかを歩測する。私の一歩は約60センチだ。これに歩数をかければ距離がでる。

 歩測の時は、百歩ごとに小枝をポケットに入れたり、ススキの葉を一本持ち歩いて百歩ごとに葉に切り目を入れたりしている。もう採集はしない時や暗くなってできない時は、百歩ごとに指折り数えてもいいし、親指の先を人差し指の先の節から一節ずつ順に押さえるか、サインペンで節に印をつけていってもよい。

 ヒマラヤ調査のあと、シェルパの満月の数え方を時々思い出していた。彼は単純に人差し指の先から順に、七つの節だけを利用して「月、火、水。木、金、土。日」と、日にちの数字を重ねていただけかも知れない。あるいは、ただ前の満月か新月の日に30日か15日をたしていただけなのかも知れない。

 そして1982年の秋ごろ、あのシェルパの満月の日の数え方を真似て、左手の親指の先を、となりの指の節に順に触れて、「月、火、水。木、金、土。日」、「1,2,3。4、5、6。7、・・・。」とやりながら自分の指をよく見ていると、四本の指に三つずつ節があり、みんなで12の節がある。その時、私の脳神経がしびれた。「1ダースだ!」、「十二進法はコレだ!」と直感した。

十二進法の起源(1)
 大昔のヒトが言語を獲得しはじめたその初期の頃から、少なくとも集団生活や狩猟生活や物々交換をはじめた頃には、(あっち、こっち、大きい、小さい、オレ、オマエ、アイツなどの単語と同様に)モノの数を数えることも必然的に生じただろう。そして、もっとも身近な両手の指の数を利用して、モノを数えただろうことは容易に想像がつく。この「指の数」型が「10」を単位とする十進法の起源となったというのが、多くの文献に紹介されている説である。

 一方、片手の4本の指の12の節を利用してモノを数える方法も、大昔からあったにちがいない。そして、この「指の節」型が「12」を単位とする十二進法の起源となったのだと私は推察した。「指の数」型があるのに、「指の節」型がないはずがない。あとの参考文献(3)(6)にはn進法の歴史がくわしいが、紀元前の古代バビロニア時代やギリシャ時代に、1年12ヶ月の暦ができてから十二進法ができたように説明されている。しかし、1年12ヶ月の暦を知るはるか以前から、大昔のヒトは自分たちの指を見ていたので、「指の数」型の十進法と同じような頃から、地域によっては「指の節」型の十二進法が使われていただろうと私は思う。

 仲間との情報交換や記録の時に、モノの数値に関しては早くから正確さと再現性が要求されたし、簡単なルールさえ決めておけば、正確な数の再現はきわめて容易にできるものである。けれども、匂い、味、色、感情などは、再現性が困難なものが多い。

 片手で10を数える方法は国や地域によって異なるが、日常私たちがよくやっている方法では、指を折っても指を出して数えても、3と7や4と6などは極めてまぎらわしい。それに比べると、12の指の節を「人差し指の先から1、2、3。中指で4、5、6と順にいけば、12までは間違う事はない。位が上がればもう一方の手で同様にすれば、12×12で144(1グロス)まで数えることができる。


ELEVEN,TWELVE
 中学時代に、十二進法は時計や鉛筆、ポンドのお金などに使われ、2、3、4、6で割り切れるので便利であると教わった。それなら日常使っている十進法は、2と5でしか割り切れないが、これは不便とは言わないのかと皮肉に感じたことを思い出す。また、英語を習いはじめた時に不可解だったのが、数字の11と12が特別の単語で、13以上の規則正しい表現のようにどうして言わないのかということだった。(日本語は分かり易い!) ドイツ語もスエーデン語も、12までは特別の単語で、13以上は英語と同じように規則正しくなっている。やっぱり12までは特別の数だったのだ。十二進法の名残りであろうと、あとの参考文献(9)(10)にもある。

十二進法の起源(2)
 「十二進法は、四本の指の12の「指の節」をつかったことから始まり、その起源は十進法と同様に古い」と思うようになって、2,3人の数学の先生方に、十二進法の起源を尋ねたことがあるが、どのようなものに使われて(いる/いた)かということだけで、「指の節」については聞くことができなかった。

 十二進法の「指の節」説は、私の「ヒマラヤの満月」から導き出されたひらめきであったが、このような起源説はどこかで誰かが書いているにちがいないと思って、大学の図書館で百科事典や数学の書物を調べたが、その起源に関しては、「一年が12ヶ月であることから」と述べられた参考文献(3)(6)(9)(10)はあったが、それ以外の文献にはどれにも「指の節」起源説はなかった。 なかに参考文献(1)(2)のように、十進法(じっしんほう) decimal system の記述があるのに、十二進法(じゅうにしんほう)duodecimal system の項目がない百科事典もあった。

 それでは、誰かが言いだす前にというわけで、ここに十二進法の起源として、私の「指の節」説を紹介させていただいた。



参考文献
(1) 万有百科大事典(1982)第16巻物理数学.小学館,東京.
(2) ブリタニカ国際大百科事典 (1973) ティビーエス・ブリタニカ,東京.
(3) 船山良三(1991)身近な数学の歴史.東洋書店,東京.
(4) 学習百科大事典(1956)保育社,大阪.
(5) 広辞苑第四版(1991) 岩波書店,東京.
(6) 日本大百科全書(1987)第16巻,「とき」.小学館,東京.
(7) クリストファー・クラファム著,芹沢正三訳(1996) 数学用語小辞典.講談社,ブルー
バックス.
(8) 佐藤修一(1998)自然にひそむ数学,自然と数学の不思議な関係.講談社,ブルー
バックス.
(9) 佐藤泰夫・佐藤純(1998)数学とは何だろう,文化としての数学.森北出版,東京.
(10) 世界大百科事典(1996)第3巻,「エヌしんほう」.第13巻,「じゅうにしんほう」.
第14巻,「すうし」.平凡社,東京.
(11) The Oxford English Dictionary, secondedition(1989),London.
(12) The Random House Dictionary, the nabridged edition(1973),New York.



  

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